年を重ねることで見えてきたこと

――奈良で暮らしながら思うこと

はじめに

年を重ねるということは、
何かが増えていくことだと思っていました。
経験や知識、人とのつながり。
そうしたものが積み重なっていくのだと、自然に考えていたのです。

けれど、実際には、
増えるものと同時に、減っていくものもあります。
体力や勢い、迷いの数。
奈良で暮らしながら、その両方を静かに実感するようになりました。


変わってきた体の感覚

無理をしなくなった

以前は、多少無理をしても動けていました。
疲れていても、予定を優先し、後で休めばよいと思っていたのです。

今は、体の調子を先に考えるようになりました。
今日は少し控えめにしよう、
今日は早めに切り上げよう、
そうした判断が、自然にできるようになっています。

奈良の町は、歩く速度を落としても、受け入れてくれます。
急がなくても、景色はちゃんとそこにあります。


見なくなったもの、気にならなくなったこと

比べることが減った

若い頃は、人と比べることが多かったように思います。
誰がどうしているか、どこまで進んでいるか。
気づかないうちに、そうした視点で周囲を見ていました。

年を重ねるにつれて、
その比較が、あまり意味を持たなくなってきました。
自分の暮らしは、自分の歩幅で進めばよい。
そう思えるようになったのです。

比べなくなった分、
目の前の風景が、以前よりはっきりと見えるようになりました。


見えるようになったもの

遠くの景色

奈良の町では、
少し視線を上げると、遠くに山が見えます。
若い頃は、そこまで意識して見ていませんでした。

今は、立ち止まって山の稜線を見ることがあります。
季節によって色が変わり、
時間帯によって印象が変わる。

遠くのものを見る余裕が、
少しずつ生まれてきたのかもしれません。


時間の使い方が変わる

詰め込まなくなった

一日の予定を、
できるだけ多く入れようとしていた時期がありました。
空いている時間があると、
何かを入れなければいけない気がしていたのです。

今は、予定が少ない日を、
そのまま受け入れられるようになりました。
何も入っていない時間は、
何もできない時間ではありません。

奈良の静かな午後や、
夕方に近づく時間帯は、
何も詰め込まない過ごし方に、よく合っています。


人との距離の取り方

近すぎず、遠すぎず

人との関係も、
少しずつ変わってきました。
たくさんの人と広くつながるより、
落ち着いた関係を大切にしたいと感じるようになっています。

必要以上に踏み込まず、
必要なときには手を差し伸べる。
その距離感が、心地よく感じられます。

奈良の町の、人との距離感も、
どこかそれに似ている気がします。


夕方に感じること

一日を終える準備

夕方になると、
町の音が少しずつ落ち着いてきます。
人影が長く伸び、
一日の終わりが近づいていることが分かります。

若い頃は、
一日が終わることに、少し焦りを感じていました。
今は、
「今日はここまででいい」と思えるようになりました。

年を重ねることで、
終わりを受け入れることが、
少し楽になったのかもしれません。


年を重ねることで見えてきたこと

年を重ねることで、
何か特別な答えが見えるわけではありません。
ただ、見方が変わるだけです。

急がなくてもいいこと。
比べなくてもいいこと。
何もしない時間にも意味があること。

奈良の暮らしは、
そうした変化を、静かに後押ししてくれます。
年を重ねることは、
失うことばかりではなく、
見えるものが増えていく過程なのだと、
今は思えるようになりました。

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